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2011年3月

2011年3月31日 (木)

春の兆しが・・・

下新井地区をマイチャリR3でポタってる時に、目にした姫立金花(?)の群生。

ヒメリュウキンカは、沼地や湿地で群生する、とあったが、湿地ではない。

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ここは住宅地の空き地です。

黄金色に輝いて、群生してました。

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彩翔亭の庭園では、春蘭が目立つことなく咲いてます。

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玄海躑躅、三葉躑躅も咲きだして、春の近い事を教えてくれる。

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日向水木も小さな黄色の花を、一杯付けています。

咲き始めなので、全体的におとなしい感じです。

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幽かな色合いが、彩翔亭の庭に見られます。

春の兆しが、訪れています。

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2011年3月30日 (水)

辛夷の花 木蓮の花

今日は春の柔らかい風が、体を撫でてゆきます。

R3を漕いで、辛夷、木蓮の花を撮りに行きました。

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先ずは下新井の道路沿いに咲く、紫の姫辛夷。

街路樹として植えてありますが、まだ大きい樹ではありません。

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下新井地区の養護施設あすなろ学園の白木蓮。

子供たちが成長するように、上へ上へと伸びています。

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中新井地区の農家の庭に咲く、辛夷と雪柳。

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中新井地区の民家の庭に咲く白木蓮。

マイチャリR3も画面に、納めてみました。

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航空公園内、彩翔亭前の辛夷の木。

かなり大きな樹で、沢山花を付けていましたが、最盛期は過ぎてました。

辛夷の大木は、遠目には、桜のような雰囲気があります。

白木蓮の大木は、大きな花を枝いっぱい、所狭しとひしめき咲いて圧巻です。

青空に、純白の花房が映え、綺麗と厳かさが同居してるよう。

桜が咲くまでの、露払いの位置なのでしょうかね?

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2011年3月29日 (火)

自粛ムード

幸手に来てる日なので、昨日午後に、権現堂堤を散歩する。

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2週間前に来た時には、桜まつりのぼんぼりが、吊り下げられてたが、震災を考慮しての自粛と言う事だろう、取り払われていた。

代わりにと云うのでもないだろうが、枝々には短歌同好会の詠んだ和歌が吊られていた。

桜も、歓迎ムードじゃないことを察知してか、今年は開花が遅い。

咲いていいのか、迷っているのだろう?

今、日本国中で、イベントが取り止めになっている。

被災者のことを思うと、自分たちばかりが楽しんでは申し訳ない空気が充満している。

被災者に思いを馳せることは、大切だが、国中で重く沈みこんでは、益々、暗く悲しくなってきはしないか?

被災者にも、明るい映像も必要じゃないのかなぁ?

それに、何でもかんでも止めてしまっては、経済活動が停滞してしまわないか?

元気な人まで、喪に服して、何もやらなければ、応援すらできなくなる。

元気な地方は、しっかり経済活動をして、被災者をサポートすべきなんだろう。

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桜は、蕾が膨らんできてます。

咲くのは、4月の第1日曜でしょうか?

菜の花も、咲き始めて、桜の咲くのを待っています。

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中川の護岸工事も終えて、きれいになっていました。

権現堂公園内は、まだ園路、周辺の工事が行われてました。

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2011年3月25日 (金)

浦安市の被害

東北地方の大惨事の陰に隠れて、千葉県浦安市の液状化に依る被害も、かなり悲惨な状況だ。

亡くなったりした訳ではないので、被害が人的には及んでないが、ライフラインが完全に遮断されて、生活できなくなっている。

どうしても被害の大きい方に、報道も国の力も、偏ってしまいがちで、その中で浦安市の人々は、東北の被災者を思い、声高には被害を訴えにくい現状だ。

主に、水道、下水道が大きなダメージを受けて、生活しにくい環境にある。

埋立地に構築されたため、家が傾き、道路には砂が溢れ、マンホールが隆起している様は、液状化現象の怖さを、まざまざと知らしめる。

東京湾は、かなりの埋立地があるのだが、被害は浦安市にとどまっている。

震度の関係なのか、埋め立て方法の違いから来てるのか、不安なことである。

小規模の液状化は、今までも有ったが、これほど街を破壊する液状化は、初めてである。

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2011年3月24日 (木)

鎮まってくれ、原発よ

東北道もやっと通れるようになり、燃料、物資に明るい兆しが見え始めた。

矢先、原発の暴動が、なかなか鎮まらない。

低公害で、廉価で優等生の原発。

しっかり管理された中での原発は、おとなしく発電していたのだが。

津波で、それらの監視が破綻しだしたら、次々に暴れ、眠ってたものまで起き出した。

自衛隊、消防士、東電、いずれも危険を顧みずの作業には、感謝と安全を祈らずにはいられない。

放射線量も、低くなったと思ったら、また高くなり、野菜、水をも汚染してきた。

ただちに健康に害は及ぼさない、と云うものの、基準値を超えてきた。

出荷停止や、摂取停止、飲料停止となったら、不安にならざるを得ない。

政府の説明も不十分だから、冷静に、大丈夫、と言われても安心できない。

冷静で、秩序正しい国民が、だんだん苛立ってきている。

原発の鎮静なくして、復旧、復興はないのだから。

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2011年3月23日 (水)

元に戻りつつある物流

雨降りが続いたので、二日ぶりにR3で近所を廻る。

GSは、小さい所を除けば、ガソリンが入荷して、営業してるようになった。

地震直後は、点検などの安全面が重要視されて、稼働してなかった精油所も動き始めた。

都心部から近郊都市へと、物流は元に戻って行く動きだ。

スーパーの商品も、一部を除けば、大分揃ってきている。

運送の方は、だんだん落ち着いてくるが、一方で生産の方は、計画停電の影響があり、完全には元に戻りきれない。

あれだけの大きな災害を被ったのだから、被災者のご苦労に思いを馳せて、みんなで協力していくのは当然のことだ。

未だに度々ある余震と、それを知らせるエリア緊急情報もあり、完全には安心と言う事には、まだまだ時間がかかりそうだ。

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2011年3月21日 (月)

人間ってすごいよ!

10日ぶりに、救助された祖母と孫。

新し命の誕生を知らせる映像。

災害避難にもめげてない子供たち。

色んなところで沸き起こる支援の波。

久しぶりの明るいニュース(◎´∀`)ノ

人間の底力を見られた日ですhappy01

滅入ってばかりいられないぞup

無駄なこと、無理なことを控えて、

自分でもやれる後方支援をやろう(*´σー`)

そして祈ろうup

出来るだけ早くの復興をshine

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2011年3月20日 (日)

震災避難

地震津波から10日経って、命が助かったものの、これからが大変な被災者だ。

とりあえず、よその県に緊急避難する人達も、たくさん出てきている。

家も仕事も失って、よその地に足を根付かせて、いける人はどれぐらいいるだろう?

最初は、とりあえずの避難に安心もするだろうが、落ち着いてくるに従い、行く末の不安になるに違いない。

行政が、どれだけケア出来るかも心配だ。

今回の災害は、広い範囲の出来事なので、自治体も市町村も県も、それぞれに分かれている。

町役場や市庁舎も被害に合い、首長も犠牲にすらなっている。

まだまだ被災地は惨状のままで、記憶も新しいが、復興までの時間は長期化するだろう。

その後の支援も、当然長く続けなければならぬ。

喉元過ぎれば、じゃないけれど、いつまでも辛抱強く、被災者に思いを馳せる心を、持ち続けることが出来るか、試されているようだ。

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2011年3月19日 (土)

入間川CR~荒川CR

久しぶりのロングランである。

自分の場合、5,60kmでもロングランです。

狭山市の新富士見橋から、入間川CRに入る。

かなり久しぶりのFCR ZEROは、ご機嫌に軽快だ。

柏原の桜並木を抜け、初雁橋で左岸から右岸に変わる。

平塚橋以降の工事も終わり、自転車、歩行者の少ない午前中は快適に走れる。

地震より、ふさぎ込みがちな気も解放されて、気持ちが良い。

釘無橋をくぐると、菜の花が咲き始めてる。

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CRを挟んで、菜の花の満ち溢れる時期に、また来ようと思う。

殆ど、貸し切り状態の、CRは舗装も新しいので快適である。

 

入間大橋を渡り、荒川CRに入る。

上江橋を渡り、左岸のCRに入る。

土手上のCRは、視界も開けて気持ちいい。

ローディさんのグループが多くなり始めた。

5,6人の連隊ですれ違うことが多くなった。

CR上に、15,6人が停滞してる。

近づくと、落車事故があったようだ。

すれ違いざまに見ると、路上にも血があり、倒れてる人は、顔からも血を流している。

どんなぶつかり方をしたのか、かなり重そうに見えた。

救急車の要請をしたのだろうか?

荒川右岸の東京地区と比べると、上流の方はロードが狭い。

大連隊での進路変更は、危険を伴いそうだ。

 

ゴルフ場に沿って、暫らく走ると、大きく左に迂回する。

田圃の真中の農道と、自転車道が兼用してる区域だ。

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ここを曲がれば、またゴルフ場際の、いいロードになる。

間もなく見える羽根倉橋を潜り、秋ヶ瀬公園内の道路を走る。

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土曜日なのに、公園内の駐車場はガラ空きで、数えるほどしか停まっていない。

これも震災によるガソリン不足の影響だろうと思われる。

いい天気なのに、車での行楽は、かなり何処も少ないであろう。

この震災の影響は、今年のゴールデンウイークまで呑みこんでしまうのか。

車の少ない公園内の道路を走れば、秋ヶ瀬橋だ。

今日はこの橋を渡り、志木街道を市役所前まで行き、柳瀬川沿いの遊歩道をゆっくり走り、いつものコースで帰宅した。

走行距離、66km。

これ位が丁度良い距離のようだ。

行きは良い良い、帰りはこわい。

調子に乗って、100kmも走ると、帰りがバテバテになるのだ。

 

 <本日の記録>

Dis  66.46km      Max  39.0km

Tim   3+23+52              Ave  19.5km

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2011年3月18日 (金)

権現堂堤 公園梅園

地震からの復興も、原発事故の収束も、遅々として進みを見せてなく、苛立つ。

伴う計画停電も、ひっ切りなく続き、電車、会社、公共施設などもなかなか元に戻れない。

街や自然も、見た目は変わらないが、内実は地震の影を引きずる。

外へ出て、スタンドに並ぶ車や、スーパーに並ぶ人を見るのも嫌だ。

なので今日はおとなしく、部屋に閉じこもり、湯たんぽとラジオで、自己満足の協力をして過ごした。

 

14日の権現堂堤の様子です。

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まだ公園園路の整備は行われていました。

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月末から始まる桜まつりの準備、ぼんぼりが用意されてます。

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土手下の、河津桜の幼木にも花が咲きました。

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菜の花畑の遊歩道のわきに咲く、白タンポポと菜の花が、ひと足早く花を付けてます。

もう少し経てば、ここいらは花を見る人達が一杯で、一時の安らぎを与えてくれるだろう。

 

航空公園の梅園

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公園の梅園の遅咲きの梅も咲きました。

枝垂れ梅とR3のツウショットの筈が、ママチャリが乱入。

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公園ジョギングコース脇のシナマンサク。

どうして古い葉を付けたまま、花を付けるのでしょう?

新しい世帯交代を、見届ける愛なのでしょうか?

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2011年3月17日 (木)

所沢市役所

地震は悲惨過ぎて、堪らないので、R3で近隣ポタリング。

市役所ロビーに、寒桜が展示されてるので、見に行く。(これは12日のことです。)

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節電に依る薄暗いロビーにある三つを写してきました。

安行寒桜、ファルマン人力飛行機、トコろん(所沢のマスコット、市の鳥ヒバリをモチーフに、飛行機のプロペラを頭に付けてます)

桜は13日までの展示なので、もう今はありません。

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市役所広場にある竹林。

竹林は、荒む心を癒してくれます。

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彩翔亭の春の花たち。

河津桜、福寿草、サンシュユ、寒緋桜が少し早めの春を運んで来てます。

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2011年3月16日 (水)

GSは閉鎖 スーパーは長い列

運動がてら、R3で近辺を廻ってみる。

GSはすべて売り切れと云う事で、閉鎖されていた。

チラシの入ったスーパーは、開店前から長い行列だ。

一通り廻ってきて、行きつけの近くのスーパーに入る。

車も、まだそんなに多くはないから、空いてるだろうと思っていた。

が、自転車置き場が、満杯状態だ。

節電中の店内は薄暗い。

相変わらず、豆腐や油揚げなどはない状況は、昨日から変わらない。

それでも、昨日はなかったもやしパンをゲットして、レジ並びをしたら、大行列でした。

8ヶ処あるキャッシャーなのに、それぞれが50,60人が並んでいる。

支払いを済ませるのに、40分も掛かってしまった。

被災地じゃない筈なのに、非常事態に陥っているのだ。

朝からこんな状態だから、午後から店に行けば、もやしパンもない状況になる。

果物、野菜、魚、肉類は、平時通りにあるのに、日持ちのする加工品が消滅している。

これは、やはり異常な買い置きをしている所為と言わざるを得ない。

被災地に優先的に回したとしても、少しは少なくなるかも知れぬが、無くなることはないのだから、もう少し冷静にならなければならぬ。

一部にネットなどで煽る人が出て、それに踊らされて、口コミで広まってしまうのだろう?

日本国民は、おとなしく礼儀正しく、秩序立ってると、外国では評価してるのだが?

あと何日経ったら、非常事態から抜け出せるのか。

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2011年3月15日 (火)

地震の影響?

地震報道を見るにつけ、胸の締め付けられる思いです。

それにつけても、震災地から遠く離れ、被害の無い埼玉地区でも異変が起こっています。

昨日今日、所沢と幸手を往復しましたが、左車線はGSへの給油の車で長い列をなしてました。

軽トラで、自分で運送の仕事をしている弟は、仕事が終えると、明日のために毎日、給油して帰ります。

行きつけのGSは、売り切れになっていて、明日も入るか判らないと言われ、3つ目のGSに並んで、やっと給油で来たと云う事です。

自分の往復の途中でも、殆ど閉鎖されていました。

地震が起きた以後の出来事には違いありません。

輸送が間に合わないのでしょうか?

輸入量が、急に減ったからではないでしょう?

ガソリンが入りにくいことが広まると、みんなが我も我もと給油に走ることも拍車をかけている。

軽油も灯油もみんな無くなってるのも不思議です。

運輸にも支障をきたしては、店から商品がなくなってきてしまいます。

現にスーパーからは、くだもの、肉、魚以外は、極端に消えてしまっています。

地震の強烈な印象で、慌てて買いあさりに走ってる人達もいると聞きます。

日用品も、かなり店から消え、陳列台が空になってる様子は、寒々とします。

少し時が経てば、元に戻るものと思うが、冷静な対処をと望みます。

自分だけを、安心で囲うのではなく、人を思いやる心を願います。

みんなで、分かち合う心にならなければと思います。

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2011年3月14日 (月)

東日本巨大地震 輪番停電

大津波の脅威も、やっと解かれ、これから救助、片づけ、遺体収容、生活支援等が本格的に始動する。

津波が去っても、泥沼化した市街地は、余りにも無残だ。

死者の数も、一万、二万とけた外れに増えそうな感じだ。

連絡不明者が、幸いにも難を逃れてくれてることを祈るのみです。

 

福島第一原発の事故により、東電管内の電力供給が不足すると言う。

そこで輪番停電が実施されるようだ。

ここ所沢は、第一グループに属している。(AM6:20~AM10:00)

本来なら、停電が実施されて、ブログの打ち込みは出来なかったはずだが、最初の停電は回避された。

明日の眼科医診療のため、これから幸手に向かう。

眼科医院は加須市にある。

幸手市、加須市ともに居住区域は、第二グループに属する。

停電時間帯は、(AM9:20~PM1:00とPM6:20~PM10:00)の二回ある。

電力消費の増減に依り、流動的に変化するものと思われるが、現在の計画に沿って行動するしかない。

ともあれ、何処で何が起きるか、どうなるか、信号も点かなくなるのか解らぬが、気を付けて行こう、と思う。

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2011年3月13日 (日)

大地震その後

東北地方の変わり果てた街の姿を見るにつけ、なかなか日常には戻れない。

町がなくなり、残骸と汚泥に埋もれた無機質な世界が映し出され、眉間に皺が寄り、苦渋の表情になってる自分に気付く。

被害者、なかんずく死者、行方不明者の数は、1900名とかの発表だが、それは届け出のあった数である。

南三陸町、女川町、陸前高田市のように、壊滅した市町村は、行政も機能してないから、届け出には入っていないのだ。

これから日を追う毎に、その全容が現れるのが恐ろしい。

死者、行方不明者が、どれぐらいの数まで膨れ上がることだろうか?

関東大震災は、都心が被災地であったので、膨大な被害を被った。

東日本巨大地震は、東北から関東に至るまでの、太平洋岸すべてに被害が起きている。

加えて、福島第一原発の炉心溶融事故である。

政府、保安委員会の報告は、奥歯に物が挟まった言い方で、次第に事実が明らかにされると、原発の恐ろしさを実感させられる。

実際の事故は、当事者、関係者にとっても想定外の展開になってるのだろう?

机上の論理が、実際の進行に追いついていないようである。

国民に不安を与えないことは、大事ではあるが、もっと広く深く検証してもらいたい。

その場限りの、言い訳がましい説明では、結局、対処の悪さが露呈してしまい、信用を失くす結果となる。

被災者に正確な情報も、伝わりにくい状況で、尚更に被災者の心情がつらい。

なるべく、良い方に向かうように祈ることしかできない。

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2011年3月12日 (土)

大地震と大津波

昨日の2時46分から始まった地震と、それに付随して起こった大津波には、心が痛むことばかりだ。

国内最高のM8.8の最初の地震は勿論、次々と震源地を変えての、地震連鎖には、地球滅亡の兆しじゃないかと憂えるばかりです。

淡路阪神大地震の時も、リアル映像で、恐怖を感じたものだが、今回は更に津波が加わった。

ヘリコプターからの映像は、市街地を嘗めつくす津波の恐ろしさを、まざまざと写していた。

津波が押し寄せると、車や家は勿論、大きな船さえも、運んで転倒させる不気味さ。

津波が来ている方向へ、車が向かってる。

「オイ、どうしてそっちへ行くんだ!こっちへは来るなよ!」と叫びたくなる。

見てる間に、呑みこまれ、流される車を、リアルタイムで見た。

 

被災地の人々とは、比べようもないが、一晩じゅうの余震と、新しい地震の発生の連続。

まんじりと眠れぬ中、一夜明ければ、火と煙が立ち上る中、泥まみれの、何処がどうなのか、わからぬ風景があった。

今日からは、一番先に被害状況の確認。

とは言っても、池沼と化した中では、生存者の庇護が先となる。

次には悲惨な遺体収容となるのであろう。

時間が経つにつれ、被害者はますます増えていくものと、考えられる。

我ら、被災地から遠く、難を逃れたものは、ただただ被災者の少なからんことを祈るのみである。

報道、救助の第一線に立つ人の、御苦労に感謝することしかできない。

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2011年3月11日 (金)

南知多~掛川城~川口< 地震がきた

日間賀島を後にして、師崎港に戻り、バスに乗り、最終日、帰路の旅です。

南知多の土産をと、魚太郎というお魚センターに立ち寄り、海産物を各々買い求めます。

その後、近くの鯛祭 えびせん市場にも立ち寄り、色んな種類、味付けのえびせんを試食して、お気に入りの味を買い求めます。

南知多道路を北上し、伊勢湾岸自動車道に入り、豊田で東名高速に合流します。

この後は、掛川でうな重の昼食を摂り、時間が有れば、掛川城を見学するだけです。

幸いにも、時間より早め早めの行程だったので、掛川城に寄りました。

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この掛川城天守閣は、安政の東海大地震により倒壊し、明治2年に廃城された。

しかし平成6年、掛川市民の熱意と努力により、木造の天守閣が再建されました。

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天守閣からの眺望。

2枚目は、掛川城御殿を天守閣から写す。

天守は3層(内部は4階)  

外部は、白漆喰塗 、高欄は黒塗。

白く輝く、美しい掛川城に別れを告げ、再び車中の旅を続けます。

窓越しの景色も、睡魔に襲われ、そこかしこで眠ってる人が多くなりました。

富士川SE、海老名SEに立ち寄り、首都高に入った時には、薄暗くなってきました。

池袋付近を抜ける時、少しの渋滞がありましたが、午後7時に川口に帰りつきました。

3日間に渡り、共に過ごした人々と別れ、明日からは日常に戻ります。

普段、一人でいる生活の多い自分でしたが、久しぶりの団体行動で、賑やかに楽しく過ごせたことでした。

 

 ☆東北でM7以上の地震発生☆

このブログを書いてる時、かなり大きな地震が、ここ所沢でも感じた。

東海大地震で、掛川城天守閣が崩壊の記事を書いてる時なので、その符合が不気味感じられた。

多分、震度4くらいだろうか?

花瓶や、写真立て、ルーター、台所の食器洗剤などが倒れた。

自分の家は、12階にあるので、かなりの揺れでした。

それに揺れてる時間が長い。30分後には、大きな余震があり、はじめて怖いと感じた。

タワースタンド(自転車2台置き)が、倒れなかったのは幸いでした。

震源地が、宮城沖だったようですが、関東近辺だったらと、思わせるほどの震動は、初めての経験です。

こんな遠い場所での、これだけの震動ですから、宮城県の人々は、いかほどかと思いを馳せます。

これから徐々に被害状況が明らかになるでしょうが、皆さんの無事を祈るだけです。

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2011年3月10日 (木)

妻籠~馬籠宿~日間賀島>公園ポタ

紅やホテルの朝は、予想以上の積雪だった。

出発時間を少し早めて、雪降る諏訪湖を後にする。

バスは、スタッドレスタイヤを装着してるので、路面凍結さえしてないなら大丈夫とのこと。

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どんどん降り続く雪は、木々に花を咲かせ、それなりに綺麗ではある。

長野と岐阜の県境の恵那山トンネルを過ぎると、雪は小降りになった。

妻籠宿に着いた時には、殆ど止んでいた。

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電線は勿論のこと、プラスチックの看板類も使用しないので、しっとりとした江戸の時代を髣髴させる佇まいです。

一番下は、おいしいと評判の栗きんとんを売ってる店前です。

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静かな風情の妻籠宿を後にして、昼食地である馬籠宿を目指します。

スタッドレスタイヤは、柔らかい雪を、しっかりと掴み、曲がりくねった峠道を登って、馬籠宿の上部に着きました。

ここから、600mくらいの下り坂に、宿が広がっています。

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ここ馬籠宿は、妻籠宿と比べると、建物自体も明るい色で、家並みも接近してないから、明るいね。

一番下は、木曽五木と言われてる5種類の針葉樹です。

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宿中ほどに、藤村記念館がありました。島崎藤村は、馬籠の出身なんだね。

中の写真は、宿の降り切った所。この下に、馬籠館があり、栗おこわ・信州そばの昼食。

馬籠館の中からの、外の景色。

 

また中央高速に戻り、一路名古屋を目指します。

名古屋市内、名古屋高速に乗った頃には、すっかりの上天気になりました。

名古屋城、ナゴヤドームとともに、市内のビル群を右左に見て、南知多道路に入ります。

日間賀島に渡る、高速船のでる師崎港へ無事到着。

3時35分発の船で、10分ほどの航行です。

4時前には、今日の宿サンホテル太陽荘に到着。

6時半からの宴会には、時間があり過ぎるので、歩いて島を一周します。

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二つある港の内、東港に上陸。

日間賀島は蛸が名物。タコのオブジェが迎えてくれます。

港前の信号機は、小学生の教育のために設置されてるので、通常は赤と黄が点滅してるだけ。

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港に入る高速船。下はもう一つの島の篠島。

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25分も歩けば、反対側の港、西港があります。

こちらの方が、賑やかで、ホテル、旅館、飲食店も沢山あります。

下はサンセットビーチと言い、夏にはイルカと遊べる海岸だそうです。

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サンセットビーチの先端が八幡神社。

その裏にある新井浜漁港が、5つある漁港の中、一番大きいようです。

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ひもの台のようですが、夕方のため何も載ってはいません。

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遠くに見えるは、渥美半島でしょうか。

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村社日間賀神社と島で二つ目の砂浜、サンライズビーチ。

もう東港は直ぐです。写真撮りながらのウォークで50分の島一周でした。

写真は撮り忘れたが、夕食は、鯛、蛸、牡蠣、車海老の生きたままの刺身ほか、新鮮な海の幸の料理でした。

面積 0.73㎢   人口 2217名  漁船数 526隻

漁業とグルメの島の夜は更けて、明日は最終日となります。

 

 <公園ポタ>

旅行で飲み食いして、お腹の出た運動不足の身体を、久しぶりに動かす。

5度にも足りないような寒気の中、指出し手袋でR3を漕ぐ。

鋭気を養ったので、ペダリングも軽く感じる。

30分も走れば、指の冷たさも飛んでいる。

公園内を、坂道登坂を主に1時間半ばかりの、自転車運動でした。

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2011年3月 9日 (水)

中央道から南知多 1000キロの旅

川口商店街連合の旅行に飛び入り参加をして、長野県諏訪から、愛知県南知多の日間賀島(ひまかじま)を巡る、2泊3日の旅から、昨日帰って来た。

各3ヶ所の集合場所から、参加者を乗せて、午前7時の出発です。

外環道から首都高、中央高速道を走るbusの旅は、我々32名と添乗員とガイドさんと勿論ドライバーの構成です。

最初の休憩地は、談合坂SE。

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busは、ニュー東京観光です。

今回のガイドのY嬢は、大変勉強されてて、観光地のみならず、車窓の山並み、川、走ってる道路や町の説明と、淀みなく話してくれます。

口調も、あの独特なガイド口調ではなく、自然な自分の話し方で、心地よく耳に入ってきます。

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交通状態が、あまりにもスムーズで、八ヶ岳麓の昼食の場所へ早く着き過ぎるので、予定外で勝沼のハーブ庭園を見学しました。

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ハーブ園駐車場の反対側に広がる、南アルプス連峰は、雪の稜線が鮮明できれいです。

中央高速を走ると、場所ごとに見える姿も、大きさも違って、雄大な甲斐駒を始め、南ア連峰を堪能しました。

ただ走るバスの中では、なかなかベストショットは難しく、撮ることが出来ませんでした。

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バスの車窓越しの八ヶ岳連峰は、間近に大きく迫ってきて、感動です。

八ヶ岳も南から見える山々と、北側から見える山容も数も変わります。

概して、南側からは勇壮雄大で、北八ヶ岳は山々の数が、断然増えて見えます。

名前の由来の通り、沢山の山々の総称であることを納得させられます。

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白く輝く、雪の大山脈を、右に左に堪能して、11時頃に八ヶ岳チーズ工房に到着。

ここで塩ちゃんこ鍋付きの昼食です。

上の写真で頭を出してるのも八ヶ岳で、この道を登って行けば、清里方面です。

チーズを作ってるところは、見られませんでしたが、きれいなペン画が展示されていました。

また、放浪の画家、山下清の複製画もギャラリーとして、展示されていました。

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また中央高速道に戻り、高速道としては、日本で二番目の高地(1013m)を経て、創業100年余の伊藤味噌屋さんに祀られてる、貧乏神神社を見学しました。

作法通りに、貧乏神様を3回叩き、3回蹴飛ばして福を呼び込んできました。

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いよいよ諏訪大社上社を見学です。逆光のため、社殿側からの大鳥居。

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バスを停めた売店のおじさんの説明に耳を傾けます。

名物おじさん、と言う事で、笑いを取りながらの説明です。

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逆光ですが、長さ17mの一の柱。

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別方向から撮りなおした一の柱。

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奥に立つのは四の柱。

手前の流れ落ちる水は、氷になってる。

最後にに立ち寄ったのは、諏訪湖近くのガラス工房の売店に立ち寄ります。

装飾品、グラス、置き物などが色々と加工されて売られています。

飾る場所がないので、出口近くで、長野名物の馬舌の燻製を買い求めた凡人の私です。

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3時半過ぎには、今日の宿、上諏訪温泉紅やホテルに到着。

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部屋の中からの諏訪湖と、湖畔からの諏訪湖。

この頃には、寒い風が吹き始めて、明日の雪を予感させていました。

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宴会bottleカラオケkaraokeで本日の行程は終了しました。

心地よい酔いで就寝sleepy

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2011年3月 6日 (日)

諏訪湖の畔のホテル

中央高速道からの、南アルプスと八ヶ岳の雄姿が最高の歓迎をしてくれました。早々とホテルに到着です。

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2011年3月 5日 (土)

明日から長野へ

木曜日の夜に、川口の姉から電話があり、急きょ商店街の旅行busに同行することになった。

急に欠員が出たため、いつも暇してる自分に、誘いのtelephoneがあった次第。

知らない人達との旅は、少し躊躇したのだけれど、妹も参加するし、この商店街の旅行も、今年で最後になるとも聞き、参加することにした。

長野の何処へ行くのかは聞いてないし、3月とは言え実際には冬のこの時期、何を目当てなのか知らない。

日月火の3泊4日の行程だが、日曜日朝早く川口を出るので、今日の夕方には姉の家へ行く。

良い風景が撮れたり、珍しいものがあった時には、そのさわりだけ、携帯mobilephoneから投稿するかも( ^ω^ )

帰ってきてから、旅の模様bottleをアップしたいと思う。

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2011年3月 4日 (金)

ハードデスクが一杯に

タスクバーの通知領域に、ハードデスクが一杯になったとの表示がされる。

大分前からなのだが、だましだましと言うのか、デフラグをやったり、デスククリーンアップをしたりしてるが、そろそろ限界かな?

このところ、頻繁に表示されるようになってきたのだ。

一度パソコン屋さんへ持ち込んで、診てもらおう。

パソコンのリフレッシュをやった方がいいのか、聞いてみよう。

データーと言っても、殆どは写真が入ってるだけで、他は少ないと思うんだが?

パソコンに対しては、無知だからなぁ\(;゚∇゚)/

来週になったら、持ち込んでみようpc

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2011年3月 3日 (木)

入試問題をインターネットに投稿

今朝の読売の、一面見出しに、山形と大きく出ていたから、先ず驚いた。

故郷、山形が新聞の第一面に出たことは、ないんじゃないかな!!(゚ロ゚屮)屮

それが今、騒がせている大学入試問題を、ヤフー知恵袋に投稿していた事件だ。

凶悪な殺人事件ではなくて良かったと思ったが、それはそれで、恥ずべき事件なことは確かだannoy

どうして試験時間中に、携帯電話を操作出来たのかmobilephoneまだ解明されてないが、文明の進化は、考えられないような事件も引き起こす。

自分の能力では、試験問題を打ちこめるなんて、想像もつかないw(゚o゚)w

それに数学の問題には、色んな記号が使われてるのに?

故郷と言っても、付き合いのあるのは、従兄だけになっているから、帰ることもなくなってきている。

それなのに故郷の名が、紙面の第一面を飾る(良いことではないので、この言葉は変だ)と、特別な思いがするのは、愛着や郷愁の為せることだろうか?

山形は、良いことも悪いこともめったに起こらない地味な県だったから、突然、表舞台に立たされた感じだ。

ただ、今疑われている19歳の予備校生の前途を悲観する。

こんな不景気で、経済状態の悪い時だから、猶のこと、これからの奮起をと思う。

 

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2011年3月 2日 (水)

ブログネタ

ここ3日ばかり、ブログを休んだ。

27日は、いい天気で暖かかったのだが、もしかして花粉症かなweepと思えるくらい、くしゃみと鼻水が出て閉口した。

午後に、R3で近辺を少し走ったのだが、家に帰りつくと、同じ状態になる。

そんな訳で、ブログを書く気も起らないしネタもない。

1,2日は恒例の幸手行きなのだが、雨で何処へも出られず、ネタになるものがない。

自分のブログネタは、一番多いのが、メタボ改善と運動のための自転車ネタ。

次は、花木草などの風物。散策、ウォーキングで出会ったこと。

何もない時には、新聞ネタや政治ネタなども、取り上げるが、自分如きが語る事には、なかなか抵抗がある。

ましてや、事件事故に対してのコメントなど、汗顔の体である。

今回のニュージランド地震で、被害にあわれた人々の、人間愛に基づく向上による勉学をされてるのに、何故cryingこんな目の合うの\(*`∧´)/

神様は、どんな基準で、被害者を選ぶのか(゚Д゚)ハァ?

 

ネタを提供して、それに対しての自分を語る、ってのも余り乗らない。

自分の身近なこと、自分が体験したこと、自分がしたこと、自分の興味のあること。

といっても余りに心の内を曝け出すのも嫌だ。

当たり障りのないことを、さらっと書き記すことしかできない。

 

やはりいちばん簡単なのは、写真cameraをアップするのが楽である。

ブログをやらないと、毎日パソコンpcに触れる機会が少なくなる。

そんな訳で、何もやらない日は、ブログネタに困ってしまうのだ。

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